近年の気候変動による風水害は、人や動物に対して色々な形で感染症のリスクを高めています。犬のレプトスピラ症は昨年、発生数が急激に増加しており、獣医療従事者をはじめペットの飼い主には、正しい知識を身につけ対策を考えておくことが求められています。そこで今回は犬のレプトスピラ症について、その発生状況から予防法まで詳しく解説します。
レプトスピラ症とは
レプトスピラ症は、スピロヘータという細菌によって引き起こされ、多くの動物種に感染する可能性があり、人間にも感染する人畜共通感染症です。逆に猫は感受性が低いため感染することは稀で、発症することもほとんどありません。レプトスピラは淡水や湿った土壌中で数カ月間生存します。この細菌を自然界で保持している生物(自然宿主)は、げっ歯類(ネズミ)です。感受性は高いけれど発症はしにくく(不顕性感染)、保菌して伝播していくため、ネズミとその排泄物との接触が感染防御の鍵となります。菌体の特徴としては、鞭毛を持ち水中を遊泳することも、接地面を押して滑走することもできます。らせん状で両端にフックがあり、それを引っ掛けて体内に侵入するため、経口摂取されたり、口腔粘膜や眼の結膜や皮膚の傷口などからも感染します。レプトスピラ症は重症化すると入院が長引き、死にいたる可能性があるため、早期発見と適切な治療が重要となります。
レプトスピラ症の発生状況と症状
家畜伝染病予防法により届出対象疾患(届出が義務付けられている血清型は7種類)であり、2023年までの農水省の報告では特定の地域はなく全国で発生し、ここ数年は年間20-30例の届出があり、7-12月に集中している事がわかります(下グラフ参照)。レプトスピラには250以上の血清型があり、国内では10種類程度が見つかっている状況で、届出されていない症例もあり、実際の発生数はもう少し多いと推測されます。2024年には届出が55例と突然増加し、そのうち神奈川県は6例と全国トップクラスの届出があり注意が必要です。
犬のレプトスピラ症感染のリスクは、森林でのレジャー、沢登、川遊び、BBQなどのほか、都市部であってもネズミが出る環境(飲食店、魚市場など)での飼育または散歩は、げっ歯類の尿で汚染された土壌が感染源になっています。さらに、台風や大雨の後の散歩や自然災害後のあと片付けの時など、水たまりの水を飲んだり、土壌からの水に濡れるなどして感染します。
病気自体の経過は最大で1カ月といわれていますが、その潜伏期間は7-14日間で、体内に侵入した病原性レプトスピラは血液に入り(菌血症)、腎臓に定着/増殖して一部は尿とともに排出され環境を汚染します。症状は犬によってさまざまで、菌血症になっている1週間に食欲不振、発熱、頭痛、筋肉痛がおこり、その後黄疸、出血傾向、腎不全などを発症し、適切に治療が施されれば徐々に回復へ向かいます。
いっぽう人の場合では4類感染症(血清型に関わらず保健所への届出)に指定されており、犬と同じくその発生は全国的にみられ、7-10月に集中しています(下グラフ参照)。感染のリスクは、カヌー、水泳、水上スキーなどのスポーツ活動中の淡水での暴露、災害時の救助活動の人などに衛生環境の悪化による発生増加、飲食店やネズミ駆除従事者などの都市部におけるネズミからの感染などが挙げられます。潜伏期間は5-14日間で、急性期の症状としては発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、腹痛、結膜充血などインフルエンザ感染の症状に似ており、第4−6病日から黄疸や出血傾向の増強が見られ、適切な処置が行われれば予後は良好ですが、重症型では致死率が20-30%といわれています。
仮に飼っている犬がレプトスピラ症になっても、犬が人に対しての感染源になる可能性は高くはありません。過剰に警戒することはありませんが、濃厚接触を避け、感染尿を介した環境汚染が人への感染リスクとなる可能性があることを考慮しましょう。愛犬がこの病気に罹った場合、たとえ快復しても発症から最低でも2カ月間は、湿り気のある場所で排泄させることは避けてください。
診断と消毒
レプトスピラ症には特徴的な臨床徴候はなく、病原体検出のための遺伝子検査の検出率も高くないため、検査が陰性でもレプトスピラを除外する事はできません。ペア血清(発症直後と10-14日後の血清)を用いた血清診断では結果が出るまでに時間がかかるため、確定診断の前に治療が開始される事が多いと思われます。
レプトスピラ症を疑った場合には、診断が出る前から早めに消毒を開始します。レプトスピラは乾燥に弱く、50-55°C、30分の加熱で死滅します。消毒剤に対する抵抗性も弱く、毛布やタオルの汚染に関しては、通常の洗濯で毒性は消失します。院内の清掃には次亜塩素酸ナトリウム液0.05%(500ppm)を用いますが、尿中に排泄されたレプトスピラの消毒にはその10倍の0.5%(5,000ppm)を用います。
治療法と予後
レプトスピラ症の治療は、早期の判断が鍵となります。この感染症は、重篤化すると腎臓や肝臓への影響が深刻になるため、素早く対応することが求められます。治療には、抗生物質の投与が一般的で、ペニシリン系やテトラサイクリン系の抗生物質が使用されます。病状に応じて点滴や補助療法も行われます。治療が早ければ予後は良好ですが、重症の場合には回復に時間がかかることがあります。他の病気と合わせて検査を行うことも重要です。家庭での看護には、犬のストレスを軽減し、適切な栄養を与えることが求められます。予後を良くするためには、獣医師の指示に従い定期的なフォローアップを行うのが理想的です。飼い主さんは周囲の環境を整備し、再感染を防ぐための努力を続けることが大切です。
犬用ワクチンと対応策
犬のレプトスピラ症は、非常に感染力が強いため予防がとても重要です。予防のためにはワクチン接種が有効で、適切なワクチン接種は感染のリスクを大幅に減少させることができ、健康を維持するためには定期的な接種が推奨されています。また、自然感染による免疫が終生持続するかは不明なため、発症歴のある犬にも接種が必要となります。現状では最大で4つの血清型のワクチンしか存在しませんが、特定の菌株から犬を守るのに役立ちます。すべての血清型に対する完全な免疫は保証されないため、日頃から犬を衛生的な環境に保つとともに、犬が感染する可能性のある場所には近づけないことです。もしも感染が疑われる症状が見られた場合、直ちに動物病院での診察を受けることが重要です。しっかりとした予防策を講じ、愛犬との健やかな生活を守りましょう。
状況に応じた迅速な対応が、犬の健康と命を守ります。飼い主の方には定期的に動物病院で相談することをお勧めします。